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オリンピックの最終予選。中田英寿選手は対カザフスターン選のみに出場して、ペルージャに戻った。その直後のことだ。いくつかのスポーツ紙で次のような記事が目についた。
「中田の代役は中村俊輔」「司令塔俊輔に不安」要約すればざっとこんな具合である。 代役?それはないぜ、私の胸中おだやかではない。そもそも「代役」とは、演劇などの世界で、決っていた役者が何等かの理由で出演不可能となり、他の役者が代わって舞台を務める時に用いるのが一般的である。演劇の場合は同じせりふを覚えて言い、ほぼ同じ動きを表現するから文字通り代役なのだ。代役は俊輔―などと安易に使ってほしくない。ましてやヒデと俊輔は全くタイプの異なる選手である。
私の印象を言わせてもらえば「強さ」では英寿くんだが「巧さ」では俊輔くんが勝っていると思う。だから、司令塔として俊輔くんが登場すれば、英寿くんの場合とは異なるゲームが展開するはずである。
他の選手たちの場合にもあてはまると言える。選手諸君はそれぞれが特徴を持ち個性を備えている。これらを最大限に発揮させ、最高のゲームを展開させるのが監督の手腕というものだろう。マスコミ関係者は、どうも英寿選手をほめすぎる傾向があるようだ。あまりもちあげるのは彼の成長のプラスにはなるまい。韮崎の同窓生の私は、ひそかに気を揉んでいる。英寿くんも俊輔くんも、二千年代幕開けの日本サッカー界を背負って立つホープである。
精進を重ねて、人間性豊かで個性かがやくヒーローに育ってもらいたい。
−イレブンの若武者絵凧風にのる−
連載コラム No.9より
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