一般トピックス

2004年3月21日 日曜日

イタリア遠征Ⅳ

3月21日
09:30より練習。少し長めに行いました。
13:30昼食
14:45バスにてホテル出発。一路ローマへ。
18:30ローマ市内へ。
混雑する道をスタジオ・オリンピコへ。
ローマダービーとあってたいへんな人出です。
ちなみに今日はラッツィオのホームゲーム。
12番ゲートより入場。今日の座席はメインスタンド側、記者席の後方で、たいへん見やすい席でした。
土産物屋を探しましたが、バックスタンド側で、こちらからは柵があって行き来できないため断念しました。
ホテルで用意したサンドイッチを食べ、開始を待ちます。
一時間以上前ですが、早くもクルヴァ(両ゴール裏のサポーター席)は熱狂的なラッツィアーレやロマニスタでう まっています。
時折大音響の爆竹というより爆弾の音が聞こえ、イタリアでサッカー を見ている実感がします。
選手紹介ともなると、地響きのような声援で、日本のJリーグとはまったく違った雰囲気に圧倒されるなか、いよいよ試合開始となりました。
白熱したゲーム展開にあっという間に前半45分が終了。
後半3分程して、ローマ側のクルヴァからピッチに発炎筒が投げ込まれ、試合が中断されました。
ローマ側のゴール裏では座席でものが燃やされ、煙が立ちこめ、騒然とした中、25分ほど中断し ました。
ピッチ上では、その間、チーム関係者、警察などが再開について、選手と話 をしていて、一旦再開かと思ったものの結局中止となってしまいました。
10時半、スタジアムを後にまとまってバスの止まっているはずの地点へ急ぎました。
幸いバスが道路脇に待っていてくれたものの、道路は人があふれ、彼方のティべリ川のあたりで は暴徒が発炎筒を道に投げたりしています。
運転手の機転で混雑を避け、やっと高速に乗り、12時10分、ホテルに無事到着しました。
翌日真相を聞くと、サポーターがピッチに入り、ローマのトゥッティに、警察がサポーターと衝突し、子供が警察の車に轢かれて死んだ、と言ったため、ローマの選手がそんな状況ではできないと言って、試合続行を拒み、結局セリエAのコミッショナー、ガリアーニの判断で主審に中止を伝えたというものですが、子供が云々と言うのは全くのデマでした。
こんなことはめったにないことで、無事に帰って来れたことですし、いい経験をしたと思っておこうと思います。

3月22日
09:30午前練習。
15:30午後練習。
17:00フランココーチの運転で苅田君はマッシモ先生の治療院に。
明日より、15分走ってもいいと許可が出ました。
夕食後、TSSのロナウド副会長の友人でビテルベーゼのマッチデイプログラムなどに 似顔絵を描いている画家がホテルに来てスタッフの似顔絵を描いてくれました。

投稿者 桐光学園高等学校サッカー部後援会

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